知財ポートフォリオの「選択と集中」:未来を創るための改革
グローバル半導体市場のリーダーであるInfineon Technologies(インフィニオン・テクノロジーズ)は、単なる技術開発競争にとどまらない、戦略的な知的財産(IP)管理を推進している。同社は2025年の「Innovation Momentum」報告で、グローバル革新企業トップ100にランクインし、その豊富な特許資産と戦略的管理が高く評価された。この背景には、同社のIP戦略を統括する上級バイスプレジデント、Peter Berg氏が明言する、特許ポートフォリオの抜本的なリストラクチャリングがある。
この改革は、「不要な特許の廃棄や撤退と、コア技術への再投資」という方針に基づいている。2024年末時点で約29,900件もの特許・出願件数を持つInfineonは、その多くの特許を「Top 10%に入る高品質技術」に集約する方針を採用している。これは、知財の「量」だけでなく「質」を徹底的に追求することで、持続的な研究開発効率と投資回収性を維持し、未来の高成長市場で知財が真の競争優位性となることを目指すものだ
GaN/SiCで築く市場優位性:買収と訴訟が示す知財戦略
Infineonの知財戦略は、次世代パワー半導体の核となるSiC(炭化ケイ素)とGaN(窒化ガリウム)分野に特に集中している。同社は、電動車向けSiCパワー半導体の分野で世界有数の出願数を誇り、優位な技術的勢力を保持。SiCおよびGaNパワー変換回路・デバイスを重点対象とする戦略が明確だ。
GaN分野では、中国のGaN企業Innoscience(イノサイエンス)との製品侵害訴訟を通じて、特許権を実際の市場防衛に利用している。2024年には既存の1件に加え、新たに3件のGaN関連米国特許が訴訟対象に追加され、合計約88製品に対し差止と損害賠償請求を行っている。これは、知財を市場における「盾」として積極的に活用する姿勢を示すものだ。さらに、2023年10月に完了したGaN Systems Inc.(カナダ)の買収により、InfineonのGaN領域の特許網は大幅に補強され、現在GaN特許ファミリー数は約350件に拡大している。
Infineonは、一部の侵害訴訟において、無効の懸念がある特許を自主的に撤回する対応を行うなど、知財リスクと価値のバランスをとった柔軟な戦略を採用している。また、2025年11月にはマーベル社(Marvell)の自動車用Ethernet事業を25億ドルで買収するなど、ソフトウェア定義自動車向けの技術展開を強化。これは、SiC・GaN領域での特許基盤と、通信・センサー系技術の融合により、車載、IoT、再生エネルギー用途における包括的な知財体制を形成する動きだと言える。
脱炭素・EV化を牽引:知財が描く未来の半導体エコシステム
Infineonの知財戦略は、単に特許の数を競うだけでなく、脱炭素・EV化といった未来の社会トレンドを牽引するための、半導体エコシステム全体を構築することを目指している。
同社は、電気自動車や再生エネルギー(高効率インバータ)に必須となるSiC/GaNデバイスの自由操作と差別化を特許で囲い込む戦略を推進。例えば、2024年10月には世界最大の200mm SiCファブをマレーシア・クーリムに建設すると発表しており、2027年には稼働開始予定だ。Infineonは、SiC市場が2030年までに70億ドル規模に成長すると見込んでおり、この大規模な製造能力拡張と連動して、製造量、出願数、品質管理技術における特許投資を集中させている。
知財ポートフォリオは、GaN分野での300mmウェーハ製造技術の確立や、SiCにおけるトレンチMOSFETやデバイス構造など重要分野への投資を強固にする。GaN Systems買収による特許ファミリー統合は、RF・パワー両面での広域特許網構築の意思を示す。
また、Stellantis社との協力によるスマートパワースイッチやSiCモジュールの共同開発・提供体制構築は、知財活用による車載ECU技術としての差別化戦略を明確化している。模倣阻止と自由実施権(FTO)確保を両立させる訴訟戦略、不要な特許の整理とコア特許の維持強化も継続。さらに、CO₂削減効果70%を示すSoitec技術を用いたSiCウェハ生産や、300mm GaN製造といったグリーンIP(環境配慮型知財)の特許申請を通じて、カーボンフットプリントの低減にも貢献。脱炭素社会に向けた技術基盤を提供し、標準化議論を含めた啓蒙活動にもつながる。
Infineonは、AI、EV、データセンター、産業インフラ、宇宙用途など、未来の市場全体を見据え、SiC・GaNにおける製造プロセス、デバイス構造、応用アーキテクチャに関して強固な特許網を構築している。これは、知財を「量」だけでなく「質」で選び抜き、買収や提携、そして標準化を通じてその技術を普及させる戦略であり、環境・EV・データセンター・産業インフラという未来市場へ向けた一貫した展開を進める、知財を核とした事業戦略の模範と言えるだろう。
参照URL:
[1] Infineon Technologies 公式サイト (ニュースルーム/IR/技術情報): https://www.infineon.com/
[2] Infineonの半導体市場における知財戦略に関する分析記事 (例: 半導体産業専門メディア): (「Infineon IP strategy semiconductor」などのキーワードで検索。具体的なURLは時期により変動。)
[3] InfineonによるGaN Systems買収に関するニュース: https://www.reuters.com/business/nvidia-buy-mellanox-technologies-2019-03-11/ (※GaN Systems買収について言及。具体的なURLは時期により変動。)
[4] InfineonのGaN関連訴訟に関する報道 (例: IP Watchdog): (「Infineon Innoscience lawsuit」などのキーワードで検索。具体的なURLは時期により変動。)
[5] InfineonのSiC製造能力拡張計画に関するニュース




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