未来素材「QMONOS」の知財戦略:Spiberの特許が紡ぐ成長


夢の素材「QMONOS」誕生:知財が支える挑戦の始まり

衣料品から自動車部品まで、様々な分野での応用が期待される次世代素材「合成クモ糸」。この革新的な素材「QMONOS(クモノス)」の開発を世界に先駆けて手掛けるのがSpiber株式会社だ。同社は、自然界のクモ糸が持つ強靭さとしなやかさを人工的に再現する技術を確立し、その研究開発の過程で知的財産(IP)戦略を巧みに織り交ぜてきた。

Spiberの物語は、2007年の創業初期に始まる。この時期は、合成クモ糸素材の基盤技術開発を優先しつつ、特許出願をやや慎重に進めるフェーズであった。ビジネスモデルとしては、パートナー企業へのライセンスアウトが主な軸となっていた。しかし、技術開発が進むにつれて、知財戦略はより積極的な方向へと転換していく。例えば、2012年には、細胞内発現による人工クモ糸生成と紡糸プロセスを保護する特許も出願されている。

2013年から2016年頃にかけては、「QMONOS」素材の核となる技術的要素、例えばフィブロイン(クモ糸の主成分タンパク質)の遺伝子合成発酵プロセス、そして紡糸技術などに関する特許出願を国内外で本格化させたのだ。2013年には、EUIPO(欧州連合知的財産庁)に「QMONOS」の商標を出願(2019年登録)し、米国でも2013年に商標出願を行うなど、製品化とブランド展開を意識した動きも開始された。2015年には、アウトドアブランドTHE NORTH FACEと連携し、プロトタイプ製品「MOON PARKA」を発表。この時点で素材の要素技術に関する出願が顕著に増加し、翌2016年にはLEXUSのコンセプトシートにも採用されるなど、素材の用途拡大に合わせて、その加工や活用方法に関する出願も強化された。


「数」で市場を圧倒:標準必須特許を視野に入れたグローバル戦略

2017年以降、Spiberの知財戦略は、独自技術についてさらなる「」を重視した特許戦略へと明確に転換した。これは、合成クモ糸素材という新規分野で先行優位を決定的なものにするため、特許出願件数で競合を圧倒し、自社の競争力資金調達力を確保する狙いがある。最新データでは、特許出願数が国内外で723件、うち114件以上が登録済みであり、日本を主戦場としつつ、米欧アジアで権利化を推進している。同社が圧倒的な数特許を保持していることが資料で明示されている。

この戦略には、パテントファミリー国際展開PCT出願や各国への移行)し、模倣品排除のための「標準必須特許(SEP)化」も視野に入れるという野心的な目標がある。製造方法、品質管理、応用素材など、合成クモ糸素材に関する幅広い範囲で特許出願を行うことで、市場における標準化の主導権を確保し、模倣阻止だけでなく、共同研究ライセンス展開においても強い交渉力を発揮しようとしている。2019年には、この出願戦略の進化により、自社工場での量産体制へのシフトを加速。技術標準化を意識し、産官学連携知財コンソーシアムにも注力するなど、オープンイノベーションにも積極的な姿勢を示している。2020年代には、特許の積極的な公開や出願中表示技術プレゼンスを強調し、大手企業との連携や新規用途探索をさらに推進している。


知財が描く未来:事業変革と持続可能な社会への貢献

Spiberの知財戦略は、合成クモ糸素材という新規分野で先行優位を確固たるものにするための、多段階的なアプローチを実践している。初期は基盤技術の「秘匿+出願」のバランスを慎重に運用し、その後、グローバルな事業拡大(複数の分野への応用、国際展開)とともに特許網の拡大を最優先に掲げ、「数」で競合を圧倒できるリーディングポジションを確立した。

さらに、標準必須特許を視野に入れた出願戦略(製造装置、工程、素材・紡糸技術まで網羅的)を取ることで市場標準化の主導権を確保し、模倣阻止だけでなく共同研究ライセンス展開でも強い交渉力を発揮している。知財コンソーシアムの設立など、オープンイノベーションにも積極的である。この知財は、自社工場での量産体制確立BtoBBtoC双方の事業変革を支える「盾」となり、競争回避資金調達ブランド価値向上まで多面的に活用されている。

Spiberの知財戦略は、特許そのものを「発明の種掘り」「議論の柱」「実装」「事業化」という一連のイノベーションサイクルの中核に位置づけている。彼らは、知財量の圧倒と技術標準での主導権、そして持続的社会価値ビジネスという路線で一貫しており、市場浸透環境社会貢献の両面で独自のポジションを築きつつある。サステナブル素材脱炭素社会の文脈で長期的な優位性を高め、市場の中核的なポジションを狙う知財戦略は、知的財産を単なる防衛手段としてではなく、積極的に事業価値を創出し、未来を切り拓く戦略的資産として活用する、先進的なモデルケースだと言えるだろう。


参考URL

世界で初めて開発に成功した人工合成クモ糸素材「QMONOS」を用いた「MOON PARKA」発表記事
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201510100001-spnavido

新世代タンパク質素材“QMONOS”の実用化発表に関するゴールドウイン公式ニュース
https://about.goldwin.co.jp/news/page-14108

構造タンパク質の人工合成で持続可能な社会へ(NEDO公式コンテンツ)
https://www.nedo.go.jp/media/practical-realization/202103spiber.html

タンパク質が持続可能な繊維へ。ノースフェイスとスパイバー(業界専門記事)
https://ftn.zozo.com/n/n5084a4735a91

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