AI時代の知財戦略:特許の「量」から「価値」への大転換

AI(人工知能)技術の急速な進化は、企業の知的財産(IP)戦略のあり方を根本から変えつつある。これまで、特許戦略は「量を増やすほど強い」という思考に基づき、広く頻繁に出願し、特許ポートフォリオの規模でその強さを測る傾向が強かった。しかし、Stoel Rivesの専門家が指摘するように、今ではむしろ「その特許は本当に価値があるのか?」といった質への問いが中心になりつつあるのだ。

現代の知財戦略では、特許が単に技術を保護するだけでなく、企業価値を高めるための戦略的ツールとして機能することが求められる。そのため、取締役会の場で「この特許は何を保護し、何を実現することで事業に貢献するのか」と明確に説明できることが重視される。その判断基準としては、特許が商用取引で活用できるか、競合他社の事業活動を効果的に抑止できるか、そして企業価値を実際に高める視点に資するかといった点が重要になっている。これは、知財を経営戦略の中核に据え、その価値を定量的に示す必要性が高まっている現状を反映している。


「プロセス」が鍵:AI時代に守るべき発明の核心

AI分野における知的財産保護の焦点は、これまでの「成果物(出力)」だけでなく、「プロセス」へと大きくシフトしている。AI技術が複雑な判断や創作を行うようになるにつれ、最終的な成果物そのものよりも、その成果物がどのように生成されたか、その背後にあるAIモデルの構造やアルゴリズムが、企業の競争優位性の源泉となるのだ。

この変化は、特許の請求項の焦点が従来の発明の結果から、それを生み出す過程へと移行していることを意味する。AI時代において、企業は、自社のAIモデルの訓練方法、データ処理プロセス、あるいはAIと人間の協調プロセスといった独自の「プロセス」技術特許で保護する必要性が高まっている。この視点は、単なる最終結果ではなく、技術の根幹にある価値創造の仕組みそのものを高く評価し、保護しようとする流れを反映している。

そして、この「プロセス保護」の視点は、特許取得が製品戦略や企業成長ビジョンとどれだけ密接にリンクしているかという、発明内容と事業方向性の整合性を、IP戦略の評価軸として最も重要にしている。特許は、ビジネスと一致する戦略的資産でなければ意味がないという認識が、今日の知財戦略の根本にある。


知財を「戦略会話」の武器に:経営と法務の連携強化

AI経済における知財戦略は、単なる特許出願という事務的な行為を超え、経営層との戦略的会話の質と深さが問われる段階に入っている。特許出願を「依頼されたから出す」という受け身な姿勢では不十分であり、知財部門は経営層に対して、なぜその特許が重要なのか、事業にどのような影響を与えるのかを戦略的に説明できる能力が求められる。

Stoel Rivesは、この戦略的会話の質を高めるための三つの問いを提案している。一つ目は、「自社の特許は現行事業および将来の方向性と整合しているか」という問いだ。二つ目は、「成果物(出力)だけでなく、その生成過程であるプロセスも保護できているか」という問い。そして三つ目は、「特許出願の提案が、単なる出願の要請に留まらず、その戦略的な意味合いを含んだ会話となっているか」という問いである。

このアプローチは、法律専門家が、単なる発明者の代理人としてだけでなく、企業のビジネスゴールを深く理解し、それを知的財産の側面から支えるアドバイザーとしての役割を果たす必要があることを強調している。特にAIのような先端技術分野では、この法務事業ビジョン連携強化が極めて重要となる。知財戦略の目的の再定義(「量」から「価値」へ)、保護対象の見直し(出力からプロセスへ)、戦略対話の深化(経営会話としての特許活用)、そして法務経営が一体となった特許設計という四つの軸で知財戦略を再定義することが求められている。AI時代においては、この再定義された知財戦略が企業の競争力資産価値、そして交渉力を左右するキーとなると指摘されている。

参考URL:

参考元のURL:
[1] TrendWatch: How Smart Companies Are Rethinking IP in the AI Economy – Stoel Rives LLP: https://www.stoel.com/insights/publications/trendwatch-how-smart-companies-are-rethinking-ip-in-the-ai-economy

※Stoel Rives LLP(ストール・リーブス)は、アメリカを拠点とする大手の総合法律事務所(ローファーム)

[2] Stoel Rives LLP公式サイト (知財・特許戦略に関する情報): https://www.stoel.com/

[3] Stoel Rives LLP IP関連公開記事一覧: https://www.stoel.com/insights?practice=2031

[4] 著者プロフィール:Paul Meiklejohn – Stoel Rives LLP: https://www.stoel.com/people/paul-meiklejohn

[5] IP Watchdog:米国の特許戦略動向とAI・プロセス特許の議論: https://ipwatchdog.com/

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