2002年、当時の小泉純一郎元首相が「知財立国」を国家戦略として掲げたことは、日本の政策史における画期的な転換点だ 。経済のグローバル化とデジタル化が加速する中、日本が製造業中心の経済から、サービスや無形資産を核とする新たな経済モデルへと転換する必要性を見据えたビジョンであった 。この宣言は、日本の知的財産(IP)を、国際社会における競争力の源泉として明確に位置づけるものだ 。これが、その後の知的財産基本法の制定(2002年)と、「知的財産戦略本部」の設立(2003年)へと繋がり、我が国の本格的な知財政策の出発点となった 。
時代は進み、令和の日本は「コストカット型経済」から「高付加価値創出型経済」への転換という喫緊の課題に直面している。少子高齢化・人口減少という不可逆的な社会変化のなか、企業価値の大部分を無形資産が占める時代へと突入 した。知的財産の活用が企業の成長と競争力を左右する、極めて重要な要素である 。しかし、現状として、日本企業の無形資産活用力は国際的に見てまだ低い水準だ。世界知的所有権機関(WIPO)が発表するグローバル・イノベーション・インデックス(GII)において、日本は2024年時点で13位に位置しており、韓国や中国などのアジア諸国の後塵を拝している 。これは、小泉政権が掲げた「知財で稼ぐ国」というビジョンが、法的・制度的な枠組みとしては整備されたものの、経営や現場で十分に知財が活用され、収益に結びついてこなかったことを意味する事となり痛切な課題となっている。
令和版「知財立国」戦略の骨格
このような現状認識を踏まえ、2025年の自民党「知的財産戦略調査会提言」は、まさに小泉構想を令和時代の課題に照らして進化させた「第二世代の知財国家戦略」と位置づけられる 。の骨格となるのは、以下の三つの柱だ。
AI/DX時代の知財制度整備:AI発明における発明者の取り扱い、仮想空間における意匠権の適用など、デジタル技術がもたらす新しい時代の知財課題に対し、早急に制度改正を進めることを明記している 。技術の急速な進化に法制度が対応することの重要性を示すものだ。
地方・中小企業の知財活用支援:知財を保有しているにもかかわらず、その潜在的な力を十分に活かしきれていない中堅・中小企業が多数存在する。提言では、これらの企業に対し、知財専門家の派遣や、知財取引に関する指針の策定などを通じて“稼ぐ力”を可視化し、強化するための支援パッケージを打ち出した 。これにより、地域の経済活性化にも貢献することを目指すものだ。
クールジャパンの戦略的展開:アニメ、ゲーム、漫画、食文化(酒造)、伝統芸能、舞台などを含む日本が世界に誇る文化コンテンツの知財を戦略的に海外展開する 。2033年までに、これらの分野における海外売上高を20兆円超に引き上げるという高い目標を掲げ、知財を「稼ぐ力」として最大限に活用する方針を明確化している 。
「知財×標準化×国益」戦略の深化
小泉時代の知財政策が主に制度設計と特許保護に重点を置いていたのに対し、今回の令和版戦略では、「標準(スタンダード)」を用いた国際的なルール形成と、経済安全保障という視点が前面に出ている点が大きな特徴である 。特に、新しい技術や市場において、標準化を通じて国際市場で主導権を握る戦略が重視されている。例えば、国産技術の試験認証体制の強化や、官民一体となった国際標準戦略の推進は、小泉政権当時には明確でなかった、より実践的かつ国益を強く意識した発展形だと言える 。これは、かつて日本がVHSやDVDといった技術で国際標準を獲得し、それによって世界市場を支配したという成功体験を改めて国家戦略として再評価し、単なる制度整備だけでなく、市場ルールそのもので日本が勝ちにいくという強い決意の表れである 。知財を、技術的な保護だけでなく、国際競争力を左右する戦略的ツールとして活用するフェーズへと移行しているのだ。
「知財立国」から「知財強国」へ
小泉純一郎元首相が掲げた「知的財産立国」は、法的・制度面では確かに実現された 。しかし、その真の意味での「経済活動への統合」は道半ばであったと言える。2025年の提言は、そのビジョンを令和時代の課題に照らし合わせて再定義し、知財を「稼ぐ力」へと転換する、より実践的かつ戦略的なアプローチへと深化させている 。
「制度から実践へ」。これまでの知財政策が法整備に重きを置いていたのに対し、今後は企業や個人の活動に直接結びつく具体的な知財活用が重視される。「保護から活用へ」。特許や著作権を単に守るだけでなく、それを積極的にビジネスに活かし、収益を生み出すフェーズへと移行する。そして「中央から地方へ」。大企業だけでなく、地方の中小企業まで知財活用支援を広げることで、日本全体のイノベーション力を底上げする。令和の日本は、知財という無形資産を最大限に活用し、世界に新たな競争優位を築く段階に入った 。小泉政権が蒔いた「知財立国」の「種」は今、ようやく「収穫の季節」を迎えつつあり、日本は「知財強国」としての地位を確立しようとしているのだ。
参考元のURL:
[1] 内閣府 知的財産戦略推進事務局: https://www.cao.go.jp/ip/index.html
[2] WIPO Global Innovation Index (GII): https://www.wipo.int/global_innovation_index/en/
[3] 自民党 知的財産戦略調査会 提言など: https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/129759.html
[4] 経済産業省 クールジャパン戦略: https://www.meti.go.jp/policy/service_sangyo/cool_japan/index.html
[5] 特許庁 標準化に係る知的財産戦略: https://www.jpo.go.jp/system/general/standardization/index.html




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