人工知能(AI)の進化は、デジタルコンテンツの生成と利用の方法を大きく変えつつあり、これに伴い著作権や肖像権といった知的財産権との新たな衝突が生じている。AI生成物の権利帰属、学習データの問題、そしてAIを用いたコンテンツが既存の権利を侵害するリスクは、知財戦略に敏感な人々にとって喫緊の課題である。特に、AI技術が応用されることで可能になった特定のコンテンツ形式、例えば芸能人の顔を加工した動画や、テレビ番組の自動切り抜きなどが、権利侵害のグレーゾーンや危険な領域を浮き彫りにする。
AIによって生成されたコンテンツ自体の著作権については、日本の現行法では「人間の創作的な寄与」が必要との解釈が一般的である。AIが完全に自律的に生成した物にそのまま著作権が認められることは難しいが、人間がAIを道具として活用し、その表現に意図や工夫が反映されていれば、人間の著作物として保護される可能性がある。この人間の関与の度合いが、著作権発生の「OKなライン」を左右する一つの要因となる。一方、AIが既存の著作物を学習する過程での著作権侵害も議論の対象である。日本の著作権法第30条の4は、情報解析目的の利用を原則として許諾不要としているが、「著作権者の利益を不当に害する場合」は例外であり、このただし書きの解釈が今後の焦点となる。海外ではAI学習データに関する訴訟が既に発生しており、日本でも同様の事態が起こりうる危うさがある。
このようなAI技術、特に画像生成や映像解析の能力向上は、特定の種類のコンテンツを容易に作成・拡散させる。その一つが、芸能人の若い頃から現在までの顔写真を組み合わせて作成される動画コンテンツである。これらの動画はしばしばAIによる顔認識や画像補正、あるいは年齢変換といった技術を用いて作成されていると推測される。ここで問題となるのが、芸能人の「肖像権」、特に経済的価値を持つ肖像や氏名の使用に関する「パブリシティ権」である。人は誰でも、無断で自分の顔や姿を撮影されたり公表されたりしない権利を持ち、芸能人の場合はその肖像自体に顧客吸引力という財産的価値が認められる。芸能人の顔写真を無断で収集し、加工・編集して動画として公開する行為は、その芸能人や所属事務所の許諾を得ていない限り、原則として肖像権やパブリシティ権を侵害する可能性が非常に高い。たとえファンが好意的な意図で作成し、直接的な営利目的がないとしても、その行為が芸能人のパブリシティ管理権を侵害すると判断されるケースがある。AIによる加工や編集が加わっているという事実も、権利侵害を免れる理由にはならない。報道目的など公共の利益に関わる場合は例外的に許容されることもあるが、エンターテイメント目的のコンテンツはこれに該当しにくい。本人の許諾が唯一の明確な「OKなライン」であるが、個別のファンコンテンツ全てに許諾が得られる状況は稀である。
もう一つ、AIによる自動抽出や内容分析技術によって容易になったコンテンツとして、テレビ番組の短い切り抜き動画がある。テレビ番組は、映像、音声、脚本、音楽、出演者の実演など、多くの著作物や著作隣接権が複合的に組み合わさった「映画の著作物」として著作権法で保護されており、その権利は主にテレビ局や番組制作会社が保有している。テレビ番組の一部を権利者の許諾なく切り抜いてインターネット上にアップロードする行為は、著作権者(テレビ局など)の持つ複製権(録画・コピー)や公衆送信権(アップロードし、誰もが見られる状態にすること)を侵害する行為に該当する。また、出演者の著作隣接権(実演家の権利)をも侵害する可能性がある。著作権法に「短い時間なら許される」という規定はなく、たとえ数秒の切り抜きであっても無断であれば原則として著作権侵害となる危うさを持つ。著作権法には一定の要件を満たせば許諾なく利用できる「引用」の規定が存在するが、これは報道や研究などの目的で、自身の著作物の中で他者の著作物を「従たるもの」として利用する場合などに限られ、単に番組の面白いシーンや名場面を切り出して公開するような行為は、引用の厳格な要件(主従関係の明確性、引用の必然性、出典の明示など)を満たさない場合が多く、著作権侵害となる可能性が高い。
このような権利侵害にあたる可能性の高いコンテンツがSNS上に溢れている背景には、権利者がその膨大な量全てを捕捉し、対応することが現実的に困難であること、一部の権利者が宣伝効果を期待してある程度黙認しているケースがあること(ただし、これは権利放棄ではない)、そして作成者や視聴者が著作権や肖像権についての認識が不十分であり、「みんなやっているから大丈夫」と安易に考えている実情がある。
しかし、権利者の許諾を得ていない場合、芸能人の顔を無断で使用した動画やテレビ番組の無断切り抜き動画は、肖像権侵害、パブリシティ権侵害、著作権侵害、または著作隣接権侵害といった複数の知的財産権を侵害するリスクを伴う。プラットフォーム側は、権利者からの申告に基づき、侵害コンテンツの削除やアカウント停止といった措置を取ることがあり、悪質なケースでは権利者から損害賠償請求や差止請求といった法的措置を取られる可能性も否定できない。AI技術がこれらのコンテンツ作成を容易にするほど、その背後にある権利侵害のリスクは増大する。AIを安全に活用し、コンテンツを創作・共有するための「OKなライン」は、常に権利者の許諾の有無、そして著作権法や肖像権に関する法的解釈の範囲内で判断される必要がある。安易な作成や拡散は避け、権利問題を十分に理解した上で、適切な利用を心がけることが重要となる。
参考元のURL:
* 生成AIと著作権の現在地 -これまでの経緯・現状と論点の整理 – 参議院: https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2024pdf/20240920031.pdf
* 著作権法の視点で考える生成AI ―何が許され、何が問題になるのか – 三井物産戦略研究所: https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2025/04/22/2504_matsuura.pdf
* AIと著作権の問題!イラスト・画像生成や機械学習の適法性について解説 – 企業法務弁護士ナビ: https://kigyobengo.com/media/useful/3370.html
* AIと著作権の関係等について – 内閣府: https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_team/3kai/shiryo.pdf
* AI技術により自動生成した人物肖像の利用による狭義の肖像権侵害 – 神戸大学: https://da.lib.kobe-u.ac.jp/da/kernel/0100476940/72_1%E3%83%BB2_05.pdf
* 肖像権とは?ルールや権利侵害をどこまで訴えられるか分かりやすく解説 – リーガルモール: https://legalmall.jp/column/shouzouken
* テレビ番組の著作権について – 一般社団法人日本放送作家協会: https://haw.or.jp/copyright/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E7%95%AA%E7%B5%84%E3%81%AE%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/




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